第43回水曜瞑想会

本日は水曜瞑想会に参加しました。

まずは禅師とともに30分の瞑想です。
毎週水曜日、同じ清浄な空気の中、同じ参学者の方々と座ることによって、自分の心の状態を如実に知る事ができます。

本日は瞑想後に「観想」についての伝法が行われました。四十種の修行業處はすべて観想でできており、観想の技術を正しく身につけることが、修行成就に欠くことのできない重要な鍵となるとのことでした。
大寺派仏教ではほとんど扱われる事の無いこのテーマについて、経験に裏打ちされた秘伝が惜しげも無く明かされました。

観想には、眼耳鼻舌身意の六門所縁の感受の観想と、身口意の三門における行作の観想の二種があり、それぞれの観想法について、詳細な解説をしていただきました。

詳しくは後に参学者に開示される動画でご覧になられるといいと思います。

貴重なダンマの伝法を受けたものとして、しっかりと実践をし、次の世代に伝えられるよう法友たちと精進していきたいと思います。

参学者C

第41回托鉢会

本日は托鉢会に参加しました。
朝一番に道場入りすると、静寂で清らかな雰囲気が漂っており、えもいわれぬ清涼感を感じました。
参学者の方からお香のお布施があり、白檀の香りがより道場の雰囲気を清らかにしています。

さて今回も趣向を凝らした料理の数々が集まりました。参学者のご家族が調理された品もあり、この托鉢会が色々な方の積徳の機会となってること大変嬉しく思います。

食事の後は禅師とのダンマトークです。各自質問を1つずつしていきます。
瞑想会の質疑応答や個人インタビューとは違った趣があり、皆さんが疑問に思っていることなどがわかり大変興味深かったです。

後日参加者の方にお聞きしましたが、この日本で自ら用意した品をお坊さんにお布施し、召し上がっていただくような機会は非常に稀だということです。貴重な機会に感謝し、さらに多くの人にご参加いただけるような素晴らしい会にしていきたいと思います。

参学者C

8/26ウポサタ傳修会

本日はウポーサタ傳修会でした。晴れの日が続いており、道場の庭の草木に散水しても直ちに乾いてしまいます。帰り際にもう一度散水しましたが、気になります。

アビダンマの講義では、禅師に指名された六人の参学者が前に立ち、二十四縁起詳説の最初から最後までを暗誦読誦しました。


二十四縁起詳説は、現象と現象の縁が解けたら消滅する(無常である)ことを示す重要なダンマであり、毎日随念を行えば「天界に再生して仏教修行を加速させる」ほどの波羅蜜が積める福田であるが故に、暗誦した二十四縁起のスタンザを、意味をかみしめながら、怠ることなく、日々読誦・随念することを、臨終の日まで続けるよう指導がありました。

修行報告に基づく瞑想指導では、一座ごとに瞑想のレビューを行い、一日の終わりには必ず修行日誌をつけるよう指導されました。忙しい社会人には無駄にできる時間はないのだから、効率的に修行を進めるためにも必ず実践するべきであるとのことでした。

また一度瞑想がうまくいった後、同じレベルの瞑想が再現できないとの報告に対しては、「深い専注を再び得よう」という思いには必ず「私」が内在しており、その時の心はDiṭṭhigata-sampayuttam lobha-mula cittaであって、SatiもPaññāも生起しないため、正念正知や五根は得られず、よい専注が得られないのは当然であると、指摘されました。

無礙解道論の十八随煩悩の解説にもあったとおり、過去や未来に一瞬でも心が向けば、その瞬間に専注の対象から心が離れてしまう事実を忘れてはならないとのことでした。

さらに参学者の方々に次のように問いかけられました。
「みなさんはお釈迦様を自らの内なる導き手として受け入れているでしょうか?」
「サーリプッタ長老やアーナンダ長老は、お釈迦様と離れて遊行しているときも、内なる導き手であるお釈迦様を心に観想し、自分とお釈迦さまとひとつである、という甘美な思いで心が満たされていました。みなさんにも同じような経験がありますか?」と。

お釈迦様への思いと正思惟こそが、幸せ・成長・涅槃への道であって、アビダンマの知識や瞑想の技術は、彼岸に渡るためのイカダに過ぎない、修行が進めば進むほど、この基本をしっかりと心に根付かせる必要があると強調されました。

参学者 S

第40回托鉢会


本日は托鉢会。久々に参加したように感じましたが、思えば先週も参加していました。
日々慌ただしく過ごす中、時間への感覚が薄まってしまいますが、托鉢会に何を持って行くかを考える時に季節を感じ、その移り変わりも楽しむことが出来ているように思います。

 

 

 

 

まだ蒸し暑い日が続きますので、夏らしい、爽やかさのある一品を持参しました。スイカとタコの土佐酢ジュレがけです。

オクラやカツオなど、夏らしいお料理が並びつつ、ナシや葡萄、サツマイモなど、秋の訪れを感じさせる食べ物も並びます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残暑厳しい中に秋がチラリと見え隠れする、今の季節をそのまま映し出したかのようなテーブルです。托鉢会は、当日に道場に行けなくとも、日持ちする食べ物などを用いての御布施もできますので(当日、参加者が代わりにテーブルにお出しします)、時間がなかなか合わなくても食事の御布施ができます。今回も、その形で1名参加されました。

 

 

 

 

 

 

 

 

平日道場を訪れた参学者の方が用意された漬物とフルーツです

 

今日は食事の後、1人ずつ、聞きたいことを聞ける時間が設けられました。聖者について、精進と仕事について、解脱に繋がる観察についてなど、色々な質問が出ました。
普段の「ダンマに関する質問」では聞きにくいような内容も質問できる上に、納得・理解できるまで質問することができるのは托鉢会の後の時間ならではと思います。

さて、本日は作務として、新しい坐蒲のの蕎麦殻を入れました。1階で作務する私を、シュラインのお釈迦様は、微笑んで見守ってくれています。

自宅のシュラインのお釈迦様は、ガチな厳しい表情をしていますので、道場のお釈迦様をみるといつも心が和みます。

まだ暑い日が続いていますが、屋上のトマトやキュウリは終了し、今はゴーヤが旺盛に実をつけています。
緑の葉に埋め尽くされた畑の中で、実がなっていても、埋もれて見えにくい状態ですので、畑の中で身をかがめ、下から見上げる形で実を探しました。

緑の香りが漂い、葉が顔面に迫ります。思いがけず、子供の頃、木に登りアケビ採りをしたときと重なりました。あの頃は採れても3個ぐらいでしたが、今日は大収穫です。

畑を整理し、何を植えるかを考える時期になりました。
まさにシュラインの真上で育っている野菜達は、小振りながらも美味しく育ってくれています。
春同様、屋上の畑に植えたいものを募集しますので、是非、皆さんに苗をお持ちいただきたく思います(土や堆肥のご提供も大歓迎です)

参学者TA

8/5ウポサタ傳修会、第53回原始仏教トーク「仏教があなたのためにできること」、初転法輪祭

本日は中央区新富区民館にて、ウポサタ傳修会、原始仏教トーク、初転法輪祭が開催されました。

まずは午前10時よりアビダンマ講座。今日の講義は二十四縁起の最後のふたつ、Vigatapaccayo(離去縁)とAvigatapaccayo(不離去縁)のスタンザの解説です。このふたつの縁起のPaccaya-dhamma(縁法)とPaccayu’ppanna-dhamma(縁所生法)はそれぞれ非有縁、有縁と同じとなりますが、実際の修行の現場では、識別する視点が異なるとのことでした。
本日で24縁起の各スタンザの解説が終わり、次週からいよいよ実践の修行に則した縁起の詳細な伝法に入るとのことで、まだ暗記してないスタンザを完全に頭に入れて、みなさんに置いていかれないようにしなくてはと思いました。

昼からは授戒と六随念の読誦、続いて原始仏教トーク「仏教があなたのためにできること」がおこなわれました。
禅師は先ず、近年の「心の安らぎを得るために瞑想をする」といった風潮や、仏教徒である以上、在家であっても世間的な成功や幸せな結婚をなんとなく求めにくい暗黙の傾向性をきびしく批判され、お釈迦さま在世当時の仏教はもっと力強いものだったと宣言されました。お釈迦様は多くのお経の中で、仏教を奉ずることによって今生における福寿禄官印の隆昌、死後の欲天界への再生、そして涅槃証悟という三つの福が得られると説かれており、私達在家の修行者が、いま自分が置かれている立場で成功すること(幸せな家庭、経済的な豊かさ、社会的な地位、健康長寿など)、死後、欲天界への再生を願うことは、Dhammaによって完全に是認されていること、むしろそれらを求めることは在家仏教修行の本道そのものである、と断言されました。そのためには力強い誓願を心に抱きつつ、布施行や奉仕行などの積徳行を貪欲に為して、福徳・波羅蜜を我が身に蓄積していくのが唯一の方法である、と説かれました。禅師はいつもにも増して我々に力強く説法され、言葉を超えた確信が心にダイレクトに入ってきました。

 

傳修院の道場が開山されて以来、我々にも様々な積徳の機会が与えられています。私もより積極的に道場の活動に参加し、清らかな心と強い誓願をもって貪欲に積徳に取り組んでいきたいと思います。

続いて初転法輪祭を記念する特別法要が親修されました。清らかな雰囲気の中、禅師から一人一人に修行順調を祈念したお札と初転法輪経の授与が行われました。

 

最後に質疑応答が行なわれました。

最初に、Mettā Suttaの「Sabbe satta bhavantu sukhitattā (一切の生きとし生けるものは平安であれ)」のPāḷi語の文法について質問がありました。

続いて、善行為を行おうとする度にその行為を妨害するような事態が発生する場合、それはUpapīlaka Kamma(妨害業)という過去の不善業によるものであり、何度妨害されたとしても諦めずにやり続けることが大切であること、決して不善業の妨害を「天からの霊示」と取り違えてはならないことなど、アドバイスをいただきました。また安般念を成就するためには、入出息という所縁に対して、どのくらいのコミットメントが必要かという点について、過去の偉大な偉人達を例に取りながら、分かりやすく解説されました。

今週末からはリトリートが開催され、私も参加する予定です。修行が順調に進むよう、法友のみなさんとともにしっかり取り組みたいと思います。

参学者C

 

 

第38回托鉢会

托鉢会に参加させていただきました。

連日の猛暑で、道場に向かう朝の道程から汗が噴き出す感じでしたが、参学者の方が用意されたブルーを基調としたお釈迦様への御供花を見て、とても涼やかな気分になりました。

 

 

 

 

本日の托鉢会に並んだ料理は

 

 

「アボカドとかまぼこのわさび和え」

 

 

 

 

「大根サラダ」

 

 

 

 

「鯖のキムチ煮」

 

 

 

 

「肉じゃが」

 

 

 

 

「ビーンズサラダ」

 

 

 

 

「豚肉のナスソース」

 

 

 

 

「浅漬け」

 

 

 

 

「キウイフルーツ」

 

 

「酵素玄米」

 

 

でした。

今回は冷蔵庫を活用されることで、托鉢会に参加できなかった方のお料理も並びました。

私自身は、普段、全く料理はしないので、週末に頭を悩ませることが多く、大した料理も持っていけません。

たまに実家に帰った時は、母親に托鉢会を説明して、良い積徳の機会として、彼女の料理を持って行ったりしていたのですが、冷蔵庫や冷凍庫を利用すれば、もっと提供できるかなと思いました。

参学者の方で、土曜日の托鉢会への参加が難しい方も、冷凍庫を利用することで、禅師へのお食事のお布施が成立するかもしれません。

メール等でご指示いただければ解凍や準備の作業は当日の参加者でできると思いますので、普段キッチンに立たれているご自身、またはご家族の良い積徳の機会として、料理が得意な方々のお布施が増えてくれば良いのかなと思いました。

明日は外部会場で原始仏教トーク&初転法輪祭なので、托鉢会の後、仏具や機材群をを取りまとめ、移動車に詰め込みました。

来週の托鉢会から夏季の長期リトリートが始まります。

蓮の花が、ちょうど二つ蕾をつけていますので、来週綺麗な花を咲かせてくれるのではないかと期待しています。

 

 

参学者L

 

 

第38回水曜瞑想会

本日は水曜瞑想会でした。仕事の関係で少し遅刻してしまったため、できる限り音を立てないようにソッと入室して座りました。ソッと動くこと自体が、心を鎮めるのに役立つと感じます。

 

 

瞑想後は無礙解道・入出息論の伝法です。
本日はCatasso Su-Bhāvanā(四善修習)の中のParicitāti(遍熟)についての解説がありました。

禁他見のため詳細は省きますが、このダンマの概略は、「智慧をともない、研ぎ澄まされた鋭い切れ味の念をもって業處を我がものとなさんと希求し、誓願し、自らにその業處を確立する者は、その修行の完成を障礙する一切のものを克服する」のであり、また、
「智慧をともない、研ぎ澄まされた鋭い切れ味の念をもって、その業處に必要なすべての要素を求め、獲得し、備え、確立する者は、その修行の完成を障礙する一切のものを克服する」とのことでした。

たとえばĀnāpānaを修行する場合には、寝ても覚めても入出息に心を向け続け、「わが人生においてassasa, passasaだけが重要であり、あとはどうでもよい」という程の強い想いが確立していなければ、決して成就はしないということが強調されました。

 

 

 

 

解説の後は、高さを自在に調節できる新型座蒲の販売プロジェクトの打ち合わせに参加しました。少し座ってみたところ、長方形の形状と蕎麦殻の反発しない性質により、腰回りのホールド感・安定感が高いと感じました(25日現在、販売時期は未定ですが、乞うご期待!)。

 

 

参学者S

第36回 托鉢会&三連休リトリート開始

本日はリトリートの初日ですが、午前中は通常どおり托鉢会です。

私は昨日から道場に宿泊しているため、屋上の朝採り野菜(ナス、キュウリ、大葉)を使って料理を作ります。

2本植えられた大葉は食害が著しく、無事な葉が少ない状態ですが、1mほど離れた場所に突如自生してきた大葉は無事です。
同じものは近くに植えたいところですが、リスクの分散を考えれば、離して植えた方がよいことが分かりました。

 

今回は、せっかくですのでプロセスも少々書いてみたいと思います。

今日は2品つくります。1品目、「ナスの桜エビの田舎煮」用に、まずダシをとります。
簡単な方法でいつもダシをとっています。写真は鍋に鰹節と昆布を入れて火にかけたところ。沸騰してたら弱火にして5分でOKです。

 

ダシをとっている間に、ナスの下準備をします。
ナスに細く切れ目をいれます。緑色のナスは、レンジでも美味しい「極み」のナス。

以前ブログの記事で、成長が思わしくないと書いたナスがありましたが、そのナスです。
その後すくすく育ち、今は一番、実をつけてくれています。

 

先ほどのダシに調味料とナス、桜えびを入れて強火にかけます。

「沸騰したら弱火にするぞ」と覚えておきつつ、もう1品の「ワカメと大葉とキュウリのサラダ」に取りかかります。先ずはワカメを水で戻します。そしてキュウリを千切りに。

 

自宅の包丁と異なり、よく切れる包丁です。だんだん楽しくなってきていたところ、ふと横を見ると鍋が沸騰して吹きこぼれそうに……Sati(気づき)が足りません。

鍋にはアルミホイルで落とし蓋をします。途中、ちょっと覗いてみた時の様子が写真。15分ほど煮ます。

 

ナスも柔らかく煮えた頃、大葉の細切りも終わり、調味料を用意します。

 

お酢はギリギリ足りました(危なかった……)。

サラダは混ぜて完成です。

 

ナスの田舎煮も、みょうがを乗せて完成です。

洗い物を済ませ、「来たときよりも美しく」で、一帯を拭いて終了。

只今の時間は8時15分。ここから掃除に入ります。

屋上の菊の花がちょうど見頃でしたので、階段の仏様に供えました。このくらい毅然とした感じで座りたいと常々思います。ちなみに、菊へのお礼肥は、夕方、ナスやキュウリなどにも合わせて与える予定です。

 

玄関を掃除し、外回りも掃き清めます。庭を見ると、蓮の蕾が明日には咲きそうです。そして、また新たに蕾が姿を見せました。光の加減からか、光っているように見えます。

『蜘蛛の糸』(芥川龍之介著)で、御釈迦様が蓮池をのぞきますが、私の中での池の蓮は、ちょうどこのようなイメージです。

室内の水槽では、メダカの稚魚が元気よく泳いでいます。10匹ほど誕生しました。

今日は、体温を超える暑さとのこと。
庭の植木と屋上の野菜等に水をやり、玄関先は打ち水をして、禅師をお迎えする準備も万全です。

9時を回り、続々と参学者が来て、托鉢会のテーブルには数多くの料理が並びました。

 

 

 

 

 

終わると12時からはリトリートに突入です。
本日は暑いですが、1日も無駄にすることのないよう、瞑想に取り組んで参りたいと思います。

参学者TS

 

無礙解道伝法 & 傳修院リトリート 7/14-7/16

今週末は3日間のリトリートが予定されています。普段、まとまった瞑想時間をとるのが難しいため、リトリートは瞑想を集中的に修行する絶好の機会です。
リトリートは毎回、八戒の授戒と修行法の伝法からはじまります。

本日はサーリプッタ長老の口伝とされる小部経典・無礙解道・入出息論の第22回の伝法が行われました。
禅定の心は「初三」、「中三」、「後四」の十相を備えるとされますが(三転三善十相具足)、実際の入定プロセスは、①初一、中一、後一(kilesa抑制)、②初二、中二、後二(Upacāra Samādhi)、③初三、中三、後三(Appaṇā Samādhi)、④後四(禅定自在)の順となり、これら①~④はCatu Subhāvanā(四善修習)としてまとめられています。四善修習には5つのポイントがあり(Yānīkata作乗、Vatthukata作実、Anuṭṭhita隨成、Paricita遍熟、Susamāraddha善造作)、本日はそのうちのVatthukata(作実)について伝法されました。

伝法の内容は「禁他見」であり、詳細については省略いたしますが、禅定修行におけるEkaggatāとSatiの関係についての解説、及び実際に専注を深めようとする際に陥りやすい過ちと、正しい専注の深め方について、詳しい指導がありました。

また、Ānāpānasatiの所縁は「入出息」ではなく、「今この瞬間の入息又は出息」であることをくれぐれも忘れないようにとの注意がありました。

原典ではわずか2行ですが、五根のバランスとの関係や、修行上の間違いやすい点を事前に教えていただける等、理論的にも実践的にも実り多いものとなりました。いつか自分で確かめられる日が来ることを誓願しつつ、修行に励みたいと思います。

参学者 S