第28回托鉢会、無礙解道論伝法、週末リトリート開始

今日は托鉢会に参加しました。

本日の食事は以下の通り。

牛肉と野菜の煮物

鶏肉と野菜の和え物

白身魚のムニエル

サラダ、発酵玄米です。

発酵玄米は、毎日手を入れる必要があるため、道場で維持することが難しいのですが、今回は何と禅師が自らお作りになり、道場まで持ってきて下さいました!

食厭想をしながら食事をいただいた後は、五月の爽やかな風と、道場の清らかで静謐な雰囲気を感じながら、呼吸に意識を合わせて座っています。平日の慌ただしい生活が嘘のようです。

蓮は順調に育ちメダカも元気です!

正午に授戒が行われた後は、無礙解道論の法話です。初三・中三・後四(道清浄・中捨・法悦)の復習、三轉・三善・十相具足の解説、初三・中三・後四の時系列上の展開について解説され、禅定に至るまで流れについて具体的なイメージを描けるようになりました。瞑想は、進めば進むほど楽しそうだなと感じました。

法話の後はリトリートで瞑想三昧です。五蓋に翻弄されないようしっかり修行したいと思います。

参学者S

第28回水曜瞑想会

久しぶりに水曜瞑想会に参加することができました!

最近忙しかったり、体力的に厳しかったり、
悩みがあったりで修行意欲がかなり落ちており、
水曜瞑想会どころか瞑想からも遠のいていました・・・・

そんな折!参学者のお友達とご飯を食べに行き、
何気なく悩み相談をした所、
『そんな事で悩むより今の貴重な機会を活かしましょう!
修行をしましょう!!今しかできませんよ!!!』
等々と90分前後熱く語られ、普段からまさにその言葉通りに
実践している善友の姿を思い出し、
またお釈迦様の盲目の亀さんのお話も思い出し、
謎の衝撃をうけました!

そして次の日から急に瞑想ができるようになり
本日久しぶりに参加した水曜瞑想会でも、
思う存分、心行くまで瞑想する事ができました!!!
瞑想は理屈ではないような気がします。不思議ですね!

 

水曜瞑想会といえば高度なダンマのお話も楽しみの一つです!
現在の法話は、十大弟子の中でも智慧第一と称されたサーリプッタ長老の口伝集とされる
無礙解道 Paṭisambhidāmaggaのお話です。
毎回参加していないので完全には理解できていませんが、
サーリプッタ長老がされたのと同じような指導を受けているのだなと思うと、
それだけで大きな修行の励みになりとても嬉しくなります!

今回の法話で一番心に残ったのは、
「禅定とは一境性である」との禅師のお言葉でした。

アビダンマ講座ですでに学んでいたり、昔聞いたことのあるお話やフレーズでも、
改めて禅師のお言葉として聞くと
何故か、そうだったのか!なるほど!!
と思う事があるので不思議に思います。

心に残ったダンマを忘れずに、善く隨念し、
今後も善友の力を借り、また善友の力になれるように、
頑張って行こうと思った水曜日でした。

参学者M

5/20ウポサタ傳修会

5月20日(日)、梅雨入り間近の時期ですが、今日は朝から気温も湿気もさほど高くなく、清々しい晴天に恵まれました。高度で難解ですが、今日もアビダンマ講義と瞑想会に参学出来る事に幸せを感じながら傳修院へとむかいました。

本日は先週から引き続き「二十四縁起詳説」の第七から第九までの各縁起のまとめを禅師が御講義して下さいました。

第七縁起の相互縁では、四名蘊すなわち心心所、四大種色、結生時の名色が、それぞれ同時に相互に依存しあって生起・止住・消滅すること、故に相互縁であるとともに倶生縁であること等が、再確認されました。

第八縁起の依止縁では、二種の依止縁、すなわち相互縁をともなう依止縁と、ともなわない依止縁の相違について、再考察が為されました。

第九縁起の親依止縁では、三種の親依止縁、すなわち所縁親依止縁、無間親依止縁、自性親依止縁の定義、相違点などが再確認されました。

すべて以前の講義内容のReviewとまとめでしたが、ひとつひとつ、しっかりと押さえていかなければ、すぐに混乱してしまうので、何度も反復して学んでいくことの大切さを思い知らされました。

参学者 H.Y

第2回マインドフルセミナー「絆-ここちよい人間関係の作り方」

本日は第2回マインドフル・セミナーが行われました。このセミナーは一般の方々に仏教の素晴らしさをお伝えするという趣旨で、2ヶ月に一度開催されています。今回はレンガ造りのおしゃれなカフェ・スペースのような会場で、参加者は禅師を囲むように座り、くつろいだ雰囲気の中で法話が始まりました。

今回のテーマは「絆 - ここちよい人間関係の作り方」です。

今日のお話のハイライトをいくつか挙げてみます。

人と人との関係には、「仲がよい」⇔「喧嘩をしている」という二極の間に、様々な微妙なニュアンスをともなったレベルがあること。
そのニュアンスを客観的に認識することから、人間関係の改善がはじまること。
その人との最も適切な距離を知り、それを保つこと。
貪りによって距離を縮めたり、怒りや嫉妬によって距離を離したりしないこと。
相手から攻撃を受けた場合は、言い訳や反論はせず、反撃もせず、沈黙を守り、しばらく距離を置くこと。 そのかたがその行為によって異熟現象を結実させた場合は、終始ただ中捨の心に住すること。

人間関係は、言葉や行動によるキャッチボールのようなものであり、
相手がどんなボールを投げてこようが、相手が取りやすいボールを投げてあげることを旨とすること。
ドッジボールのように相手にぶつけるためにボールを投げるのは、コミュニケーションではない。それは心が成熟していない人がやることである。
むしろ、たとえ相手がドッジボールのような球を投げてきても、うまくキャッチし、
相手に対してはいつも、捕球しやすいボールを投げてあげること。
成熟した人間であれば、そのように反応するべきである。
人間関係を改善したい場合は、Gratitudeの随念を試してみること。

以上のようなお話のあと、美味しいチャイとプラサードがふるまわれ、Q&Aがおこなわれました。


とてもオープンな雰囲気の中、会社での人間関係、家族との関係のこと、友達との飲み会のこと、夫の昇進を巡っての主婦同士の嫉妬のことなど、いつもの瞑想会では出ないような、日常的で身近な質問が次から次へと飛び出しました。
禅師も時に例えを交えながら、わかりやすくお答えになりました。

ともすれば初心を忘れがちで、Satiも未熟な私にとっては、マインドフルセミナーは原点を思い出させてくれる貴重な機会です。
今回も「そうだ、適切な距離感が大事だった」と再認識でき、またキャッチボールの例えはとても新鮮で、これからは常に心掛けたいと思いました。

参学者N

第27回托鉢会

今日の托鉢会には6人くらい参加されました。

本日の料理は

「chicken塩ダレ」

「タケノコの土佐煮」

「ミートボール」

「豆ひじきサラダ」

「カボチャとアーモンドのメープル和え」でした。

午後からmindful seminar が予定されていますので、手早く準備をし、食事が終わったらすぐに片付けて、会場へ車で出発しました。

ハスを育てている水鉢に、メダカがはいってます!

色々と慌ただしい午前中でしたが、いつも通り会場設営に間に合ったのでよかったかと思います。

参学者K

第27回水曜瞑想会

昔、ある方に「接化」という言葉があることを教えていただいた。

Googleで調べると、
「接化 接得心導の意で、師家が学人を親しく教化し指導すること。」
とある。

あくまで私の解釈だが、この「接化」というものは、この言葉のもともとの意図として、物理的なEncounterがなければ、ダメなのだろうと思う。

化学反応というのは、直接的な接触がないと起こらない。
酸素を発生させるのは、二酸化マンガンに過酸化水素水を物理的に直接、接触させないと起こらない。
ディスプレイ越しに化学物質を近づいても、化学反応は起こらない。

そのように師が弟子に接得心導することによって、化学反応を起こしていく。
それが「接化」なのだろうと思う。

禅師が法話の中で、「直接的に接すること」の重要性を強調なさることから、この「接化」という昔、知った言葉を思い出した次第である。

そして、水曜瞑想会も、そのような禅師から直接的に伝法いただける貴重な機会のひとつだ。

水曜日の法話に限らず、最近、禅師の法話を拝聴していて、自分の勘違いに気づいた。
それは、
「Ānāpāna Satiをして、粗雑な煩悩を落とす」のではなく、
「Ānāpāna Satiをする前に、粗雑なレベルの煩悩は沈静化させていく」ということだ。

無礙解道によると、Ānāpāna Satiは200以上のÑāṇa(智)を涵養する極めて、精妙な行法であることがわかる。

例えるなら、勉強したり、精密な機械工作をする前に、作業する机の上をきれいに掃除して、妨げがないようにする。
そのように、Ānāpāna Satiを修する前にそのような粗雑な障害は、取り除かなければならないのだろう。
粗雑な煩悩にうなされていては、とてもではないが、200以上のÑāṇa(智)の涵養どころではない。

自分のいままで振り返ってみると、机の上の邪魔物に妨げられながら、精密な機械工作を試みるようなもので、粗雑な煩悩と戦うことに終始し、精妙なÑāṇa(智)を涵養するどころではなかった。その意味で、Ānāpāna Satiになっていなかった。

瞑想一点突破型的な自分の考え方は、誤りであったと気づけた。

水曜日の禅師も、Ānāpāna Satiをする前の随念などの「前行」によって、Ānāpāna Satiをする前に粗雑なレベルの煩悩を沈静化させることの重要性を強調なさっていた。

また、その日の大念処経のĀnāpāna Satiについての記述についての四行目:

‘Passambhayaṃ kāyasaṅkhāraṃ assasissāmī’ti sikkhati,
〈私は身行を静めつつ出息しよう〉と学び、
‘passambhayaṃ kāyasaṅkhāraṃ passasissāmī’ti sikkhati.
〈私は身行を静めつつ入息しよう〉と学びます。

の「passambhayaṃ kāyasaṅkhāraṃ 身行を静めつつ」とは何かという解説があった。
これも、禅師に教えていただかなければ、知らずに一生を終えているような貴重なDhammaであった。

「生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く
死に死に死に死んで死の終りに冥(くら)し」(弘法大師)
の生死輪廻の暗黒坑の中で、このような貴重な法はいつでも聞けるものではないと思う。

しかし、現代の日本において、謙虚さと誠実さとアスピレーションがあれば、そして、
門をたたけば、このような尊い法を禅師から聞法できる状況がある。

接化の機会はある。
法輪は転じられている。

感謝や喜びとともに、この機会を無駄にしてはならないという切迫感が心の中に生じた。

 

参学者 玄沙

5/12ウポサタ傳修会&原始仏教トーク「智慧ある人 ー 高さではなく継続が本当の智慧をつくる」

本日もウポサタ瞑想会&原始仏教トークが行われました!

 

 

 

 

当日は会場の設営に間に合うように
朝7時半に傳修院に集合し車で会場まで向かいました。
もちろん運転をする前には心の中で仏随念等を唱え、
しっかりとプロテクトを行いました!

予定通り到着し、設営のお手伝いの為に早く来て頂いた方達と一緒に、
会場の準備を始めました。
毎回会場が違うので、お手伝いに来る方達は大変だと思います。
この日も音の出がおかしいなどのトラブルがあったようですが、
皆様の頑張りでなんとか時間前に設営を終えることができました。

音声機材の配線を覚えたり事前の荷物の積み込み等、
本当に大変な作業だと思いますが、
毎回当たり前のように一生懸命作業する姿を見ていると、
私も大きく励まされますし、
お釈迦様の教えを学び実践するために、皆で頑張るのは素晴らしいな、
という思いが生じて元気になります!!!

 

今日のアビダンマ講座は
第224回『二十四縁起前半まとめ』でした。

講義の最初に参学者の方が暗記したスタンザを暗唱するのですが、
私はいつも凄いな!という尊敬の眼差しで見ています。
このような真摯な修行者の方々がいる限り、
お釈迦様のダンマは今後も受け継がれていくだろうなと思い、嬉しくなります!

残念ながら私は講義を半分ぐらいしか理解できなかったので、
Vithi(心路過程)を中心に復習しようと思いました。

午後になると原始仏教トーク「智慧ある人 ー 高さではなく継続が本当の智慧をつくる」が
始まりました。

私は原始仏教トークが大好きです。
参学者以外の方でも参加できる貴重な機会なので、
少しでもお手伝いしようと毎回必ず参加するようにしています!

日々どうしたらもっと沢山の人達にお釈迦様のダンマをお伝えできるか?
ブッダサーサナ(お釈迦様の教えを聞ける時代)をより長く続かせるためには、
どうしたら良いのか?をいつも考えながらお手伝いをしています。

最近心がけているのは、
初参加の人や、普段あまり参加されない人達にとって、
参加しやすい雰囲気作り!です。

ということで、ブログをご覧の皆様にも、
今後とも色々協力して頂けると助かります!

今回の原始仏教トークで印象に残っているのは、
やはり信(サッダー)についてです。
マハーカルナー禅師は仏教の信とは、
「科学的・論理的に裏付けが取れたから信じる」というものではなく、
言葉を越えた、もっと本源的なものだと説かれています。
お釈迦さまやダンマを自然に信じる、純粋な善なる思いであると語られています。

例えば「アーナンダ尊者がお釈迦様に対して持っていた信が、
論理的科学的な事から生じた信だったのでしょうか?」と問われれば、
アーナンダ尊者が大好きな私としては、
確かにもっと純粋な信をお持ちだったのだろうと思うのです。

王族であるアーナンダ尊者やお釈迦様の育てのお母様ですら、
宮殿での贅沢な生活を捨てて出家するほどの信。
それは禅師の言われるように、
『善なるものを求める感覚』を伴うものだったのだと思います。

こればかりは頭で考えても決して理解できないから、
実践しなさいと禅師は繰り返し説かれています。
修行に行き詰ったら、
『道場に来なさい、作務をして修行をしなさい!』と。
そのような善意の実践を通して生じた信のみが、
本当の智慧を生み出すとの事です!

そうはいっても中々実践できないものですが、
私もつい最近、傳修院で、
お釈迦様のダンマを見たような出来事がありました。
そしてその後、本当に『涙が溢れて浄化された』感覚が生じたので、
ビックリすると同時に、
「お釈迦様の教えとはこのように学んでいくものなんだな」と、
少し理解が深まりました!!

普段中々傳修院にいけなくて、修行も苦手ですが、
原始仏教トークに参加すると、
何故か心の調子がとても良くなるので、
今後も頑張って参加し続けようと新たに決意しました。
今度の土曜日にはマインドフル・セミナーがあるので、
そちらのお手伝いも頑張ろうと思います!

参学者M

GW傳修院リトリート

傳修院では4/28-5/6の9日間という初の長期リトリートが行われました!全日程参加する人、部分参加する人様々でしたが、この期間多くの修行者が道場を訪れ一心に瞑想修行されました。私は道場に8泊して存分に参加させていただきましたのでリトリートの模様をお伝えしたいと思います。

<リトリート全体について>

チャンティング、作務、食事以外の時間は瞑想及び休憩の時間になっております。基本1時間の瞑想→30分の休憩のリズムで鐘がなります。もちろん休憩時間であっても存分に瞑想出来ます!スケジュール通りに瞑想すると1日8時間瞑想することになります。これを聞くと「そんなに瞑想したことないし、無理だ…」と尻込みする人がいるかもしれませんが心配ありません。第1瞑想室は座ってのあるいは立ちながら瞑想する部屋となっていますが、第2瞑想室は歩きながら瞑想出来る部屋になっており各自その都度適した姿勢で瞑想出来る環境になっております。私は長時間座るのがまだまだ苦手なのでよく第2瞑想室で過ごしています。瞑想の調子がいい人、悪い人関係なく参加いただけるリトリートになっていると思います。

家庭菜園も順調です!

<食事について>

参学者のからのお布施または参加者持ち寄りの食材で料理担当(仏教用語で典座というらしいです)のIさんが趣向を凝らし料理を提供してくれます。ご本人は「これも前行だから…」と粛々とこなしていらっしゃいましたが、これだけの長期間修行の体を支えていただいたこと感謝しきれません。

 


また今回から参学者有志により発酵玄米が導入されました。とても美味しいのと同時に腹持ちが良く機能的で大好評でした!
食事前には食厭想を行い、修行者として食事を貪らぬよう静かに向き合いました。

<無礙解道論をベースとしたアーナパーナサティの瞑想指導>

無礙解道論の解説が先月のリトリート、水曜瞑想会から始まっています。法を求める修行者が「これだけは、何としても見逃せない!」と熱心に駆けつける姿が見られ、大変刺激を受けています。このリトリートでも計3回講義が行われました。私は数年前から禅師から瞑想指導を受けていますが、禅師のあの指導の元はコレだったのか!と壮大なタネ明かしを感じるとともにサーリプッタ尊者の口伝とされるこの精妙な法に感銘を受けています。

リトリート期間中参加者には個人インタビューが行われます。各々が置かれている立場、状況に応じて様々なアドバイスを受けることが出来ます。私が受けて来た経験では禅師のクリティカルな言葉にアスピレーションが刺激されたこと数しれません。他参加者の皆さんもぐっと背中を押してもらっているのではないでしょうか?

<リトリートを終えて>

私自身十分に心身を整えてリトリートに臨めたわけではなかったため、3日目ぐらいまで調子が出ず七転八倒しました。徐々に調子が出て来て、忘れていたコツ、新たな発見、自分の課題などさまざまなことが分かりたくさんのお土産を持って帰ることができました。瞑想の進歩は一筋縄ではいきませんが、長期間、調子のアップダウンありながら瞑想することで各自得るものがあることでしょう。

さて次回は5/26(土)-5/27(日)でリトリートが開催されます。一泊ですので、まだ参加されたことがない方も気軽に参加いただけるものと思います。
一緒に修行致しましょう!

参学者C