第43回托鉢会&無礙解道伝法、9月リトリート開始

托鉢会から参加させていただきました。

本日は午後からリトリートの為か、お野菜を中心としたメニューが並びました。

ジャーマン風ポテトサラダ

オクラとなめこのネバネバサラダ

種々のきのこのサラダ

なすの辛子漬け

大根のお漬物

リトリートの前に八戒を授かった後、 無礙解道大品出入息論のBuddhoti(佛陀論)の第三回目の講義がありました 。

サーリプッタ長老が解説されたお釈迦様の15個の御徳の内、 今回は 7-12番目が解説されました。

主にお釈迦様の清浄性に関する部分でした。

講義の中では、禅師から、これらをどのように自分の修行に活かしていくのかについて伝法がありました。

禅師ご自身の長い修行体験から、我々修行者のことを思って、簡単に教えていただける様々な仏道修行上のコツは、あり得ないほど重要で貴重なアドバイスだと思います。

こういった内容の伝授は、口伝でしかあり得ず、自分一人だけでは、たぶん一生かかっても得られないような 仏道修行上のインサイトであり、有難いなぁと感謝の気持ちでいっぱいになります。

観想がこれほどまでにサマタ瞑想にとっても重要であることは全く認識しておらず、ラーマクリシュナの何がすごかったのか、少しだけ理解できたような気がしました。

saddhaやアスピレーションを高めるコツも もしかするとここにあるのかもしれないと思い、自分なりに色々と試していきたいと思いました。

午後1時から リトリートスタートです。

月曜日が祝日で3連休なので、しっかり座りたいと思います。

参学者L

9/16ウポサタ傳修会


本日は二十四縁起の第4番目、無間縁と等無間縁の縁法と縁所生法の講義でした。

講義に先立ち、詳説のスタンザの暗唱を禅師と参学者の皆様と共にお唱えすることから始まりました。

全員でスタンザを暗唱したのですが、
これは、自分自身に程よい緊張感を与えてくれ、
また、これから始まる講義に対する心構えが出来、
懐かしい学生時代の緊張感のある授業を思い出したりして、
とても新鮮な気持ちになり、いいことだなあ、と感じ入りました。

さて講義は先ず、無間縁と等無間縁の縁法、縁所生法、障礙法の説明があり、これを踏まえて詳しい解説に入っていきました。

無間とは間に何も無い、前の現象が消滅後、間髪入れずに次の現象が生起する。という意味ですが、
大切な事は、無間縁と等無間縁は全てのNāma Dhamma(名法)における縁起であって、Rūpa Dhamma(色法)は一切含まないとの解説を頂きました。

この解説から、幾つかの大切な事も列挙して御説明頂きました。

無間縁/等無間縁は、無始から今までのCitta-sota(Cittaの連続体)を作っている根本的縁起である、ということ、
無間縁/等無間縁の流れは誰にも止めることが出来ない故に、Anatta(無我)の体現とも観れること、
唯一の例外は阿羅漢に生起するCuti-citta(死亡心)であること、
しかし有情においては、ひとつの生存の最後のCuti-Cittaと次生のPaṭisandhādi Citta(結生心)は、境界は変わっても無間縁/等無間縁の関係に他ならないこと、
この縁起の特例として、滅尽定の入出時のVīthi(心路過程)の説明と、Asaññāsatta(無想天)を挟んだ輪廻転生時の説明がありました。
また、Nāma-sota(名の連続体)とRūpa-sota(色の連続体)を比較し、これらがまったく違う性質を持つことを、明確に解説されました。

日を追うごとに内容が詳細となり、また更に深まってゆかれるので、一つ一つを整理して、計画的な予習と復習が必要であると認識した次第です。

次に休憩を挟んでの瞑想指導がありました。
普段の生活の中で真摯に御修行をされている様子が、参学者の皆さんの質問から伺われ、また禅師の数々の質問に対するお答えが、質問者一人一人の現実に則した適切なお答えで、我が身に振り向けても大変為になるお話をお聴きすることができました。

習志野市 H.Y

第44回水曜瞑想会

水曜瞑想会では、サーリプッタ長老の口伝集とされる無礙解道論について解説されています。

本日は、佛陀論の続きであり、第4から第6の徳が解説されました。
禁他見のため詳細は省略しますが、修行者は、お釈迦様を思い浮かべて専注し、佛陀と一体となって自他の区別がつかない境地に達し、佛陀の徳との共通性を自分の中に見出し、
引き出しうる最高の質を自分の中から引き出すよう説かれました。

例えば、第5の徳である「他者から教えられることなく智慧を得ること」について、佛陀と同じように四聖諦の看破を独自に成し遂げられなくても、アビダンマの知識について自分なりに仮説を考えて検証していくことが大切であると説かれました。

絡まった糸を解く、プチプチを潰すといった日常的な場面であっても、
夢中になっているときは、楽しくて貪っているためにlobha-mula cittaであるが、「私」を意識していないため、Diṭṭhigata-vippayuttaであるはずだ、などと、仮説を立てることができ、先生に尋ねることで検証することができます。修行が進めば、禅定において検証し、さらに修行が進めばヴィパッサナーにおいて検証することができるようになります。

このように第5の徳から、自分の頭で考えて理解するというinspirationを得ることができます。

さて、瞑想会の終了後、1Fのスペースには、様々な素材、カラー、厚みの新型坐蒲のカバーが完成していました。
坐蒲の購入を検討されている方は、新型坐蒲も視野に入れてみてはいかがでしょうか。

参学者S

9/8ウポサタ傳修会、第54回原始仏教トーク「ダンマが衰退する!」

本日は原始仏教トーク+ウポーサタ傳修会でした。
私は月に一度の原始仏教トークを聞くと、とても元気になるので毎回楽しみにしていますが今回の「ダンマの衰退」についてのお話は特別で、とてもショッキングなものでした。

お釈迦さまのお説きになる正しい三宝(仏、法、僧)が衰退しており
解脱に到るお釈迦様の教えと実践が失われかけている・・・

お釈迦様への信仰心が形骸化し、
禅定を軽視した小手先の瞑想技術ばかりが持てはやされ、意味を理解せずに些細な戒律ばかりを重視する風潮によって、現代の仏教は壊れかけている・・・

これも諸行無常のゆえか、と思いきや、よくよく考えてみれば、それはつまり私達仏教徒1人1人の心の中で、仏教が衰退しているということなんだ、と分かりました。

私達自身の持つお釈迦様への信が弱まり私達自身が、法を学んでそれを実践し実証していく、という努力を怠り苦を滅して幸せに到る道であるはずの仏教が目的を失ってしまっている。。

このような衰退が私の中でもまさに起こっている事に気づかされ、
慚愧の心がわきあがってきました。

幸いな事に傳修院では、お釈迦様が当時人々に教えていたであろう瑞々しい教えが今も説かれておりまたお手本になる真摯な修行者の方々も大勢います。

お釈迦様は般涅槃の直前、弟子達に対して、真摯に修行して幸せを得るよう、遺言されましたし、真摯に努力する修行者の意思と行いは、どんな高価な財宝よりも素晴らしい如来への供養であると、仰られております。

私達にそう言ってくださったお釈迦様、そしてダンマを伝えてくださった多くの偉大な仏弟子の方々のご恩に報いるためにも、貴重なこの機会を無駄にせず、もっと真面目に努力しなければならないと強く思った次第です。

法話の最後には、「このような状況だからこそ、私達はお釈迦様の教えである原始仏教を再興していきましょう!」という力強いお言葉が禅師から説かれ、私はいつも通り元気になりました。

私達1人1人が正しい道を歩き努力し続ければ原始仏教の再興という大きな目標も自ずと達成できると思います。

修行や作務をする上で得手不得手もあるでしょうし、様々な事情で中々時間が取れないこともありますが、
傳修院のメダカのお世話や禅師のTwitterを応援する事等できる事からコツコツと始めていきたいと思います。

今後私はどんな小さな作務や善行をする際にも、「原始仏教再興の一助となりますように!」という思いでさせて頂きますので、ブログをご覧の皆様も、お釈迦様の教えという希望を再興し!
さらに未だ来たらぬ友や、後世の友にダンマを残す!!為に、一緒に頑張って頂ければ嬉しく思います!!!

参学者PB

第42回托鉢会

本日、托鉢会がありました。9月になり、少しばかり秋らしさも感じられるこの頃ではありますが、いまだ残暑がきびしく、汗ばむ陽気となりました。春には荒涼としていた屋上の菜園も、今ではすっかり野菜で覆われてています。そしてまた、水槽のメダカの子も育ってきていました。

さて、普段の托鉢会の食材は、道場で取れた野菜や、皆さまがお持ちになったものも含め、野菜が多めですが、今日は計らずも肉の多いメニューとなりました。

 

 

 

 

食事の後の質疑応答では、「修行を継続していくには?」「観想について」等の質問が寄せられ、個人的にも参考になりました。

明日は月に一度の「原始仏教トーク」で、外部施設での開催になります。今回はいつにも増して重要そうなタイトルなので、少しも聞き逃すことのないようにしたいと思います。また、9月末にも浅草で瞑想のワークショップがあるそうですので、皆様も是非ご参加ください。

参学者K

第43回水曜瞑想会

本日は水曜瞑想会に参加しました。

まずは禅師とともに30分の瞑想です。
毎週水曜日、同じ清浄な空気の中、同じ参学者の方々と座ることによって、自分の心の状態を如実に知る事ができます。

本日は瞑想後に「観想」についての伝法が行われました。四十種の修行業處はすべて観想でできており、観想の技術を正しく身につけることが、修行成就に欠くことのできない重要な鍵となるとのことでした。
大寺派仏教ではほとんど扱われる事の無いこのテーマについて、経験に裏打ちされた秘伝が惜しげも無く明かされました。

観想には、眼耳鼻舌身意の六門所縁の感受の観想と、身口意の三門における行作の観想の二種があり、それぞれの観想法について、詳細な解説をしていただきました。

詳しくは後に参学者に開示される動画でご覧になられるといいと思います。

貴重なダンマの伝法を受けたものとして、しっかりと実践をし、次の世代に伝えられるよう法友たちと精進していきたいと思います。

参学者C

9/1ウポサタ傳修会-大悲禅師伝法伍周年-

 

2013年9月1日は、禅師が帰国されて第一回の瞑想会がスタートした日だそうです。本日(2018年9月2日)はその日から数えて5周年にあたります。今日、この会に参加されている方の中にも第一回目の瞑想会から、また2013年の当初から参加されている方が何人もいらっしゃるのを知り、その精進を継続する尊さと信の強固さに感銘を受けました。また、難解なアビダンマをはじめ貴重なダンマをできるだけ分かりやすく伝えようと常に心を砕いて伝法してくださる禅師への感謝の念も絶えません。

このような記念すべき日の朝、傳修院に着くとすでに参学者の方が持ち寄ったお菓子などが仏前にお供えされています。一坐の瞑想、昼食、授戒、チャンティングと進み、本日のアビダンマ講座では、Ārammaṇapaccayoの縁法(Paccaya Dhamma)と縁所生法(Paccay’uppanna Dhamma)とについての解説がありました。

具体的には、Ārammaṇapaccayoは11のサブグループに分けることができること、そしてその縁法と縁所生法は具体的にどのようなものか、いつものように禅師から詳細で明解な説明がありました。が、しかしすべてを説明していただけたわけではありません。肝心な部分については自分で考えるようにとのことでした。これまで、アビダンマについてその様々な分野の説明を聴き、内容を理解し、必要な部分は暗記する等の段階を経て、今度はそれらを土台として考察する段階に入ったようです。

思い出しますと、アビダンマを勉強し始めた当初の半年間ほど、アビダンマを学べば学ぶほど世界の成り立ちの秘密を目の当たりにするような知的興奮を感じながら勉強したことを覚えています。その時、「なぜこのように考えるのか」「この分類はどのような考え方から出てくるのか」等、ワクワクしながら学び、意味や内容を考え、理解しようとしていました。それはまったくの初学者レベルではありますが「あー、なるほどー」と少しずつですが理解できるたびに、一種の面白さを感じていたことを思い出します。これからのアビダンマ講座で禅師から出される宿題に正しい答えを導き出せるという自信は正直なところまったくありませんが、アビダンマの内容について考えることそれ自体は、とても楽しそうです。

 

アビダンマ講座の後は、禅師が日本で伝法を開始して5周年、その記念のお話と禅師より参学者にプラサードが手渡されました。続いて参学者の皆さんが持ち寄ったお供えのお菓子などを、一人ひとりが手に持ったビニール袋に入れていきました。大きなビニール袋がお菓子でいっぱいになります。幼稚園児なら狂喜する状況ですが、そろそろ幼稚園児の孫がいてもおかしくない年齢の私でも非常に楽しいです! このような機会はまさしく神様からの贈り物(プラサード)ですね! まあ、家に持って帰ると妻と大学生の息子の二人にすぐに食べられてしまうわけですが…

 

その後のダンマに関するQ&Aでは、「親の介護時に生起する感情(主にdosa)への対処について」「仏教で許容される欲の範囲とは」「自分の内なる導き手としてのブッダについて」などの質問に対して、禅師より丁寧な回答がありました。親の介護については自分自身も遠い郷里(青森)に高齢の母がおり、苦慮するところですので身につまされました。また、内なるお釈迦様と自我との関係のお話は実に深遠であり、考えさせられる内容です。

個人的な感想を許していただければ、私は新参者ですので、この5年間の会のエピソードや思い出話などを禅師やベテランの参学者の方から伺えたら大変嬉しいと思いました。

参学者SA

第41回托鉢会

本日は托鉢会に参加しました。
朝一番に道場入りすると、静寂で清らかな雰囲気が漂っており、えもいわれぬ清涼感を感じました。
参学者の方からお香のお布施があり、白檀の香りがより道場の雰囲気を清らかにしています。

さて今回も趣向を凝らした料理の数々が集まりました。参学者のご家族が調理された品もあり、この托鉢会が色々な方の積徳の機会となってること大変嬉しく思います。

食事の後は禅師とのダンマトークです。各自質問を1つずつしていきます。
瞑想会の質疑応答や個人インタビューとは違った趣があり、皆さんが疑問に思っていることなどがわかり大変興味深かったです。

後日参加者の方にお聞きしましたが、この日本で自ら用意した品をお坊さんにお布施し、召し上がっていただくような機会は非常に稀だということです。貴重な機会に感謝し、さらに多くの人にご参加いただけるような素晴らしい会にしていきたいと思います。

参学者C