第37回水曜瞑想会

7月1日のウポサタ瞑想会でのQAで、「水曜瞑想会に初めて参加し、禅師とともに瞑想することで、自分のなかの何かが変わった。自分の瞑想に良い影響があった」という趣旨の報告がありました。

伝統工芸の職人や伝統芸能などでは、師匠に弟子入りすると、弟子は師匠の家に住み込みで生活をともにします。考えるに、実際に手取り足取り教えなくとも、師匠の存在そのものが弟子に大きな良い影響を与えるのでしょう。

思い起こすと、私も第一回の水曜瞑想会に参加したとき、禅師も一緒に坐ってくださる! ということが非常に大きな魅力と感じていました。それにしても、その報告をしてくださった方は、初めて参加した水曜瞑想会の、たった1回30分の瞑想で自己の変容と禅師からの影響を理解したということです。正直、その方の鋭い「気づき」に感嘆しました。

さて、本日の水曜瞑想会も、まず禅師とともに坐ります。貴重な30分。

その後の法話は、無礙解道から「四善修習~善き修習とは何か~」の四回目の解説です。四善修習には5つのポイント(五義)があり、今日はポイントの3つめAnuṭṭhitāについて伝法がありました。

難解な無礙解道のスタンザを、禅師が鮮やかに解き明かしていきます。そして、禅師の解説はスタンザの解題にとどまりません。いま解説したポイントを日常の瞑想にどのように取り入れればよいのか、専注を深めるときに陥りやすい誤りと正しい対処法とはなにか、等々を実践可能なレベルまで噛み砕いてお話してくださいました。無礙解道の世界から現代の我々の世界へ、お釈迦様やサーリプッタ長老の息吹が私たちの目の前に蘇ったかのように感じました。

水曜の夜、都合のつく方は、是非この機会を逃すことなく参加されてはいかがでしょうか。

参学者SA

7/15ウポサタ傳修会&リトリート

本日はウポサタ瞑想会に参加しました。

参学者TSさんが土からこだわり育てている蓮が見事に花を咲かせていました。本物を見るのは初めてでしたので感動いたしました。しかし夕方には散ってしまい、その命の短さに驚きました。新しい蕾をつけていますのでタイミングが合えば、きっと花をご覧になれるでしょう。

さて今回のアビダンマ講座は二十四縁起の相応縁及び非相応縁についての講義でした。前生縁及び後生縁に関連付けての解説で、改めて二十四縁起はそれぞれが独立したものでなく関連していることを思い知らされます。

続いてダンマに関する質疑応答がありました。
本日は主に誓願と善行為について話されました。
例として「教育の機会に恵まれなかった少女が次世では十分に教育を受けられる都会の女性に生まれたいという強い誓願を持って、限られた食物を比丘にお布施し続け、その結果願いが叶った話」があげられました。
我々は果たしてこの少女のように強い誓願を持っているのか?また自己放棄を伴うお布施やご奉仕のような善行為を、強い思いを持って継続しているのか?
禅師から問いかけられました。そして強い誓願と善行為を継続するためにパラミカードを活用して欲しいと強調されました。
私は今様々な作務をさせていただく機会に恵まれていますので、無駄にせず強い誓願を持って善なる思いで取り組んでいこうと思いました。

続いて翌日の月曜までリトリートに参加しました。暑いながら真剣に修行に取り組んでいる参学者の皆さんには大変刺激を受けました。瞑想の調子はあまりよくありませんでしたが、このような積み重ねが、いつか大いなる結果を生んでくれるのだろうと楽しみです。リトリートでは各自、個人インタビューを受けることができます。幾度か法話で触れられた内容であっても、その時のアドバイスとして再び語られると心に深く刺さるものがあります。まだ参加されたことない方も、是非お気軽に参加してください。お待ちしております。

参学者C

第36回 托鉢会&三連休リトリート開始

本日はリトリートの初日ですが、午前中は通常どおり托鉢会です。

私は昨日から道場に宿泊しているため、屋上の朝採り野菜(ナス、キュウリ、大葉)を使って料理を作ります。

2本植えられた大葉は食害が著しく、無事な葉が少ない状態ですが、1mほど離れた場所に突如自生してきた大葉は無事です。
同じものは近くに植えたいところですが、リスクの分散を考えれば、離して植えた方がよいことが分かりました。

 

今回は、せっかくですのでプロセスも少々書いてみたいと思います。

今日は2品つくります。1品目、「ナスの桜エビの田舎煮」用に、まずダシをとります。
簡単な方法でいつもダシをとっています。写真は鍋に鰹節と昆布を入れて火にかけたところ。沸騰してたら弱火にして5分でOKです。

 

ダシをとっている間に、ナスの下準備をします。
ナスに細く切れ目をいれます。緑色のナスは、レンジでも美味しい「極み」のナス。

以前ブログの記事で、成長が思わしくないと書いたナスがありましたが、そのナスです。
その後すくすく育ち、今は一番、実をつけてくれています。

 

先ほどのダシに調味料とナス、桜えびを入れて強火にかけます。

「沸騰したら弱火にするぞ」と覚えておきつつ、もう1品の「ワカメと大葉とキュウリのサラダ」に取りかかります。先ずはワカメを水で戻します。そしてキュウリを千切りに。

 

自宅の包丁と異なり、よく切れる包丁です。だんだん楽しくなってきていたところ、ふと横を見ると鍋が沸騰して吹きこぼれそうに……Sati(気づき)が足りません。

鍋にはアルミホイルで落とし蓋をします。途中、ちょっと覗いてみた時の様子が写真。15分ほど煮ます。

 

ナスも柔らかく煮えた頃、大葉の細切りも終わり、調味料を用意します。

 

お酢はギリギリ足りました(危なかった……)。

サラダは混ぜて完成です。

 

ナスの田舎煮も、みょうがを乗せて完成です。

洗い物を済ませ、「来たときよりも美しく」で、一帯を拭いて終了。

只今の時間は8時15分。ここから掃除に入ります。

屋上の菊の花がちょうど見頃でしたので、階段の仏様に供えました。このくらい毅然とした感じで座りたいと常々思います。ちなみに、菊へのお礼肥は、夕方、ナスやキュウリなどにも合わせて与える予定です。

 

玄関を掃除し、外回りも掃き清めます。庭を見ると、蓮の蕾が明日には咲きそうです。そして、また新たに蕾が姿を見せました。光の加減からか、光っているように見えます。

『蜘蛛の糸』(芥川龍之介著)で、御釈迦様が蓮池をのぞきますが、私の中での池の蓮は、ちょうどこのようなイメージです。

室内の水槽では、メダカの稚魚が元気よく泳いでいます。10匹ほど誕生しました。

今日は、体温を超える暑さとのこと。
庭の植木と屋上の野菜等に水をやり、玄関先は打ち水をして、禅師をお迎えする準備も万全です。

9時を回り、続々と参学者が来て、托鉢会のテーブルには数多くの料理が並びました。

 

 

 

 

 

終わると12時からはリトリートに突入です。
本日は暑いですが、1日も無駄にすることのないよう、瞑想に取り組んで参りたいと思います。

参学者TS

 

無礙解道伝法 & 傳修院リトリート 7/14-7/16

今週末は3日間のリトリートが予定されています。普段、まとまった瞑想時間をとるのが難しいため、リトリートは瞑想を集中的に修行する絶好の機会です。
リトリートは毎回、八戒の授戒と修行法の伝法からはじまります。

本日はサーリプッタ長老の口伝とされる小部経典・無礙解道・入出息論の第22回の伝法が行われました。
禅定の心は「初三」、「中三」、「後四」の十相を備えるとされますが(三転三善十相具足)、実際の入定プロセスは、①初一、中一、後一(kilesa抑制)、②初二、中二、後二(Upacāra Samādhi)、③初三、中三、後三(Appaṇā Samādhi)、④後四(禅定自在)の順となり、これら①~④はCatu Subhāvanā(四善修習)としてまとめられています。四善修習には5つのポイントがあり(Yānīkata作乗、Vatthukata作実、Anuṭṭhita隨成、Paricita遍熟、Susamāraddha善造作)、本日はそのうちのVatthukata(作実)について伝法されました。

伝法の内容は「禁他見」であり、詳細については省略いたしますが、禅定修行におけるEkaggatāとSatiの関係についての解説、及び実際に専注を深めようとする際に陥りやすい過ちと、正しい専注の深め方について、詳しい指導がありました。

また、Ānāpānasatiの所縁は「入出息」ではなく、「今この瞬間の入息又は出息」であることをくれぐれも忘れないようにとの注意がありました。

原典ではわずか2行ですが、五根のバランスとの関係や、修行上の間違いやすい点を事前に教えていただける等、理論的にも実践的にも実り多いものとなりました。いつか自分で確かめられる日が来ることを誓願しつつ、修行に励みたいと思います。

参学者 S

第36回水曜瞑想会

 

本日は水曜瞑想会に参加しました。

暑さも本格的になり、夜8時を過ぎてもまだ蒸し暑さが残ります。
まずは禅師と共に30分の瞑想です。禅師、参学者の皆さんが作り出す静寂で真剣な雰囲気はいつも気を引き締めてくれます。

 

 

続いて法話です。冒頭で禅師から、現在西日本に発生している深刻な豪雨災害についてのお話がありました。参学者や参学者の家族のなかにも被災された方々がおられます。禅師から心からのお見舞いと本日の瞑想、聞法の功徳を、被災されたすべての方々に回向する旨、お話がありました。

 

 

 

本日の法話は先週より始まった四善修習でした。アナパナサティを例に説明していただきましたが、内容は全ての修行に共通する重要なダンマでした。

無碍解道論が説く内容には毎回圧倒されるばかりです。このような法を聞いたからには頭で理解するにとどまらず実践のレベルまで自らを高める義務があると感じました。
週末のリトリートにも参加し、真剣に修行したいと思います。

参学者C

 

7/8傳修会&第52回原始仏教トーク「Jarā-時の流れを味方につける」

 

週半ば頃から降り続いた豪雨により、西日本の各県で多くの方々が被災されました。
犠牲となられた方々のご冥福をお祈り申し上げるとともに、一刻も早い復旧・復興を心より祈念いたします。

 

 

 

 

 

 

さて、今日も蒸し暑い1日でしたが、原始仏教トークということもあり、中央区佃区民館には、沢山の参学者の方々がいらっしゃいました。

 

 

 

 

朝10時からの「修行者のためのアビダンマ講座」では、二十四縁起中伝の第34回、Maggapaccayo(道縁)の講義が行われました。

 

ここで説かれる「Magga(道)」とは、苦集滅道、すなわち四聖諦の「道諦(=八支聖道)」でいう「道」ではなく、また、道智/果智でいう「道」でもありません。
Maggapaccayo(道縁)のMagga(道)とは、具体的にはNāmarūpa-sota(名色の連続体)をSugati(善趣)に導いていく道、及びDuggati(四悪趣)に堕としめる道を指します。
私達をSugatiに導く八種のKusala Magga(善道)と、Duggatiに堕としめる四種のAkusala Magga(不善道)について、相応するMaggaṅga(道支)を中心に、禅師から詳細な解説がありました。

スタンザ自体は先週のJhānapaccayo(禅縁)と同じ構成で、とても短いのですが、その意味するところは実に深淵です。

毎回、開示されるダンマの深さに驚かされ、本当に貴重な勉強をさせていただいているのだなと実感しているところです。

 

午後からは原始仏教トークが行われました。
今月のテーマは、一切の現象に本源的に内在しており、決して逃れることのできない苦のひとつである「Jarā(老い)」についてです。
修行者は、「生」を現世の誕生から死までに区切って捉えるのではなく、輪廻転生を何度も繰り返しながら涅槃証悟に至る自らのCitta-sota(心の連続体)の大きな流れを見据えるような、大いなる視点(Grand View)を持つことによって、時の流れを味方につけ、最終的なゴールに必ず到達することができるという、希望にあふれる御法話でした。

大誓願を心に持ち続け、アスピレーションを燃やしながら、善行を淡々と行い続けていけば、あとはダンマがすべて面倒をみてくださる。
お釈迦様の本当のダンマを学び、修行させて頂いていることに、深い感謝と幸せを感じております。

 

傳修院

参学者 習志野市 H.Y

 

第35回托鉢会

本日は7月7日、七夕です。
傳修院は平常運転で、托鉢会が催されました。

ぜひ召し上がって頂きたいとの想いが込められた料理が、本日もテーブルに並びました。


家庭であれば、家族の健康等を想って料理を用意する機会もあるでしょうが、そうではない場合、誰かのために料理を用意し、それを食べてもらえるような機会自体がなかなかありません。

私は今回は「クエン酸攻め」としました。蜂蜜梅干しの黒糖レアチーズケーキ、紫蘇ジュースで、夏バテへ先手を打って参ります。

 

蜂蜜と梅干しの黒糖レアチーズケーキ

 

 

お手製納豆

 

 

ごぼう根菜豆サラダ

 

カボチャサラダ

 

 

 

 

茄子とカブの肉そぼろ炒め

 

手作りの納豆は、作り方などについて詳しい話を聴きたかったのですが、タイミングを逃してしまいました。今度、私も挑戦してみたいです。


先週、姿をみせた蓮の蕾が膨らみ始めました。新たにもう一つの蕾が姿をみせ、咲くのが待ち遠しい状況です。

 

あまり人の目に触れることがない屋上でも、菊が花を咲かせ、新たに蕾をつけています。
お盆の時期には、見事な花を咲かせてくれそうです。

 

 

 

 

 


梅雨が明けたため、ナスには藁を敷きました。どことなく、あずましそうです。
※「あずましい」とは、津軽弁で、得もいえぬ心地よさ(お風呂に入った時のような気持ちよい感覚)を意味する言葉です。

また、今回は、キュウリなどの実を鳥が中途半端に残し、周辺に落としているため、ご近所の皆様の迷惑にならないよう、鳥除けの対策を強化しました。

 

 

 

さて、蓮の鉢の中のメダカは、産卵の真っ最中です。メダカの卵に目玉が出ていましたので、別のケースに移しました。
暑さが心配ですが、無事生まれて、元気な姿をみせてくれることを祈るばかりです。

 

 

 

 

今日はまだ作務があります。
道場は、クールに過ごす室内男子が多いのか、外掃除が手薄な傾向がありますが、今日は若手のKさんにご協力いただき、外掃除で出たゴミのリサイクルに取り組みました。

6袋ほどあった枯れ木・枯れ草を、枝は小さく切った上で袋に入れ、水を入れて、隙間が出来ないよう足で踏み潰します。

病気の葉・枝は入れないこと、枝は5センチぐらいにすることに気をつければ、順調にいけば3カ月~半年後には立派な腐葉土になり、屋上で使えることが期待できます。

そういえば、寺院での合コンが流行っているそうです。
外で汗水流しながら、虫をものともせず、蚊が刺そうが「好きなだけくれてやる」的なスタンスで掃除や植木の手入れをする姿(男)は格好良いと勝手に思っていますが、もしかしたら汗臭い・汚いと見えるのかーー寺院での合コンではどんな人がモテるのか、気になるところです。

無事、袋詰めも終わり、これで安心して外掃除ができる(ゴミが出せる)ようになりました。
そこで早速、自由気ままに伸びた草をとり、ここ数日の強風で溜まった枯れ葉をかき集めるなどの掃除を行いました。終えて入り口もスッキリです。

 

 

 

 

暑さもこれから本番になります。
皆様、体調を崩されませんよう、ご自愛願います。

参学者 TS

第35回水曜瞑想会

台風を予感させる強風にもかかわらず、本日の水曜瞑想会には、多くの参学者が来山されました。いつもの30分瞑想を終え、いよいよ今日から無礙解道のCatasso Subhāvanā(四善修習)の伝法が始まりました。

 

「四善修習」とは、すでに伝法を受けている三轉三善十相具足をベースにした「正しい修行を行う四つの修習プロセス」であり、色界禅証悟、無色界禅証悟、Vipassanā智証悟、四沙門果証悟のどの修行段階においても、真摯な修行者が修習を行うロードマップとして厳格に踏襲すべきアルゴリズムである、とのお話でした。

第1回の伝法である今日は先ず、初禅入定を例にとって、三転三善十相具足として伝わる「初三・中三・後四」の十種の相が、時間軸上でどのような順番で修行者の心に顕現していくのかについて、詳しい説明をしていただきました。
次に、 無礙解道でCatasso Subhāvanā(四善修習)として開示されている四種の修習の定義を学びました。

「四善修習」の伝法には今後数週間を要すると思いますが、これからはお釈迦さまの弟子としてこのダンマをしっかりと学び、身につけ、瞑想の実践に活かしていきたいと思います。
たとえどんなに道のりは遠くとも、様々な障碍を排して、大いなる目的に達するよう努力精進しようと思います。

お釈迦さまと、お釈迦さまの甚深なるダンマと、無礙解道においてそれを実に精妙に開示してくださったサーリプッタ長老を初めとするAriya Sāvakaの聖衆に、心から敬礼いたします。

参学者K

7/1ウポサタ傳修会

ウポサタ傅修会はここしばらく欠席が続いていたのですが、やっと仕事が落ち着き、久しぶりの参加です。一ヶ月ぶりなので、途中の道程も懐かしい位です。

本日は11時頃、自主瞑想から合流しました。久しぶりの道場も、懐かしいです。

12時から30分程の受戒とチャンティング。そして13時から「修行者のためのアビダンマ講義#231 パッターナ中伝33 #17 静慮(じょうりょ)縁」の開始。

内容に入る前に、恒例のスタンザ暗唱です。何人かの法友が指名され、完璧に唱えて行かれます。実は私も指名されましたが、ブランクが祟り、答えられませんでした。次回以降、雪辱を図ります。

 

静慮縁は、パーリではJhānapaccayo。当然、禅定に関係する縁起かと想像していたのですが、このJhānaの意味は通常とは異なり、二十四縁起など、一部のダンマでのみ使われる広義の意味合いであるとのことです。色禅、無色禅だけでなく、欲界の善心/不善心を含めて、心が所縁へ留まっている状態全般を指すものである、ということですが、ブログでの記述はこの辺りまでと致します。

 

その後、質疑応答の時間に。地方から先日のリトリートに参加された方の、遠隔地で修行する場合の修行報告や禅師との指導面でのやりとりの仕方に関する質問。そして、不浄観修行の概要と、その中での三十二身分随念の位置付けや随念の方法、等。「我々は、今この瞬間の状態が次の瞬間も継続するという、根拠のない確信を持ってしまっており、これがBhavataṅhāを生む」という禅師のコメントが、とてもダンマ的で印象深かったです。

しばらくの傅修会欠席の間、日々の修行メニューは一人で続けてはいたものの、心の状態は大分ダンマから離れていたことが、本日久しぶりに傅修院で時間を過ごす中で分かりました。週末などに定期的に傅修院に出向き、禅師のお顔を見てそのお話を聞き、また、法友達の顔を見て言葉を交わす、という行為が、ダンマ的要素を心に維持する・心をダンマ的にリセットする上で重要であることを、改めて認識しました。

参学者KT