2018/10/07 ウポーサタ傳修会

昨日に続き、季節は外れの夏のような陽気となりました。
本日のウポーサタ傳修会は「修行者のためのアビダンマ講座」伝法五周年記念日にあたり、沢山の参学者の方が来山されました。

今日の法話は伝法五周年記念講義として、「修行者にとってのアビダンマ」についてのお話でした。

禅師が2013年に帰国されてから始められたアビダンマ講座も、今月で丸五年となり、その回数も244回に至りました。
解脱に至る修行に必要な深淵なダンマや瞑想法の伝法をする際に、どうしても必要となる仏教の知識ベースを修行者の方々に身につけてもらいたい、その為には先ずアビダンマの伝法からはじめるべきである、とのお考えから「修行者のためのアビダンマ講座」が開講されました。
禅師がこの5年間のアビダンマの伝法で感じている事の一つとして、「アビダンマの勉強を言われたとおりしっかりと学び継続している修行者は、アスピレーションが守られていて、道を踏み外すことがない」というお話がありました。「これについてはいくつもの実証があります。大切に心に留めておいて下さい」との御教示的なお話を頂きました。

御法話の中で禅師は、御自身の過去世からの修行体験、アビダンマとの出会い、修行者にとってアビダンマは如何なる役割を果たすか、などについて詳しく講話して下さいました。

アビダンマの歴史を考察すると、お釈迦様の入滅100年以降、次第に多くの部派が形成され、各部派が独自のアビダンマを持っていたということ(その殆どが消失し現存しているものは少ないが、優れているものも多くある)、
また、
大寺派のアビダンマ・ピタカ(論蔵)には七つの論が収められているが、アビダンマはこの七論に限るものではなく、上座部系各部派の論蔵もまた学ばれるべきこと、
それにも関わらず現代では、お釈迦様が入滅して1500年の後にセイロン仏教大寺派のアヌルッダ長老によって在家や沙弥の為に書かれた短い入門書であるアビダンマッタサンガハのみが、アビダンマとして学ばれていることなど、いくつかの問題点を指摘されました。

また禅師は、スッタとアビダンマは分けて理解するものではなく、スッタを深く正確に理解するためにこそアビダンマが使われるべきであり、また、アビダンマの理論的源泉はスッタにこそ求められるべきである、とお話しなられました。どちらもブッダ・ダンマであり、禅師にとってアビダンマとは、Higher Dhammaに他ならない、とのことでした。

最後に禅師から、アビダンマを深く学んでいく際に、どうしても忘れてはならないことについて重要な指摘がありました。
アビダンマを深く学べば学ぶほど、修行者は瞑想修行や徳行の実践(思考を止める、善行をする、身施、財施、法施などの布施行、信を深める、慈しみの心を育て、人に優しくするなど)をしっかりと修行するように、との御教示を頂きました。
すなわち「ダンマの学び」と「ダンマの実践」はクルマの両輪のようにバランスよく修習していかなければならない、 ということです。

私達仏教修行者には ①今生での世俗的な成功 ②天界への転生 ③涅槃証悟 という三種類の目標設定があり、そのどれを目指しても構いません。
お釈迦様がこの世で法を開示されていた当時のように、各修行者がそれぞれ、この3つの目標のうち自分にあったものを選んで、各々が修行に励んでいく世の中になれば素晴らしい、と思います。
私もまた、アスピレーションを絶やさずに燃え上がらせて、禅師の御指導を頂きながら努力精進し、自己完成を目指していきたいと思います。

参学者Y