2018/10/06 第46回 托鉢会 & 10月リトリート開始

昨夜は、ここ数日の寒さを鑑み、リトリート用の荷物の鞄に温かい衣服を詰めたものの、今日は夏のような暑さとなりました。
傳修院に着くと、入り口の案内板には既にリトリートの案内が掲げられていて、入る前からスッと気が引き締まります。

 

10月に入り、スーパーには美味しい果物がたくさん並ぶようになりました。昨日は新宿駅構内にも八百屋が出張しており、今回はそこで購入したトロトロに熟れた柿を使いての「柿の白和え」と、「ゴボウのクリームきんぴら」を持参しました。テーブルには身体が温まりそうな料理が多数並びます。

モツ煮込み

ナスの浅漬け

きのこ類の煮物

カレー煮物

根菜類の炒め物

ゴボウのクリームきんぴら

キウイフルーツ

柿の白和え

本日は午後からリトリートです。伝法は主に「九行相」についてでした。瞑想のご指導の際に何度か教わっている内容ではありましたが、「仏法は毛穴から染み込む」といいます。毛穴から確実に染み込んでもらいつつ、重要なことは何度でも聴いて、頭に入れておかねばなりません。

また、いわゆる「マインドフルネス」とどう異なるのかも説明され、なるほどと合点がいきました。
「気づき、気づき」といいますが、日常において、「気づく」こと自体にだいぶ個人差があることに気づかされます。
人は、普段の自分にとって気づくことに違和感がない範囲、気づくことに負担がない範囲でしか基本的に気づくことはありません。

アナパナサティにおいては、「気づかねばならない対象にきちんと気づく」、そしてその「気づき」を必要なだけ持続する必要があります。まさに「調教」となりますので、最初は大変な”仕事”にはなりますが、仏教の実践とは心の調教でもありますので、これに取り組まなくては、スタート地点にいるのかすら怪しいこととなってしまいます。

〔自己こそ自分の主である。他人がどうして(自分の)主であろうか? 自己をよくととのえたならば、得難き主を得る。〕
(「ブッダの真理のことば・感興のことば」中村元著より)

瞑想をはじめて数年ですが、「道」とつくものは10年やって初めてスタート地点だと、昔、書道の師匠に教わりました。瞑想、仏道の実践はまだ数年ですので、スタート地点にも立てていないと捉え、誠実に取り組んでいかねばと思います。

屋上に出ると日差しが照る中、秋風が吹いていました。畑には大根とゴボウ、カブの種蒔きが為され、ジャガイモの苗などが植えられています。

大根は発芽していましたが、ゴボウとカブは、ここしばらくの雨天と台風の影響か、発芽できていない模様です。ジャガイモは元気に育ち、そろそろ土寄せをした方がよさそうです。

今回、私は基本的に休日のみのリトリートへの参加となりますが、”今なすべきことをなす”ことを意識し、弛まず取り組みたいと思います。

〔浄いのも浄くないのも、各自のことがらである。人は他人を浄めることができない〕
(「ブッダの真理のことば・感興のことば」中村元著より)

参学者TS