9/30ウポサタ傳修会

台風24号が近づく中、帰り道に暴風雨に巻き込まれないか若干の心配を抱えながら、道場に向かいました。
今週のアビダンマ講座は、倶生縁のさらに詳細な分類法であるMahā-Sahajāta-paccayoグループの勉強をしました。


Sahajāta-paccayo、Nissaya-paccayo、Atthi-paccayo、Avigata-paccayoの四つの24縁起は、五つの同じスタンザから始まりますが、それぞれのスタンザについて、四つの縁起の観点から、全てのケースにおいて微妙なニュアンスの違いを見ていく、というものでした。
ヴィパッサナー瞑想は、煩悩を根絶やしにするための「もぐらたたき」のようだと言われますが、例えるならば、煩悩の根を根絶させるために、「四つの微妙な縁起の観点」×「全てのケース」において、数限りない様々な方向からたたき続け、メッタ斬りにするイメージなのかなと思いました。

 

煩悩を根絶やしにする方法として、深遠な縁起についてあまり理解せず、単純に一方向から踏みつけるだけでも、なんとかなるのかもしれませんが、そのたたき方しか知らなければ、非常に長い時間がかかると思われます。 お釈迦様のサーサナが終わってしまい、この期間においてはゲームオーバーとなってしまう可能性も高いのかもしれません。

もし、煩悩を根絶やしにするもぐらたたきの方法を、いくつも知っているのならば、煩悩の根は、様々の方向から、鋭いVipassanā paññāによってメッタ斬りにされ、格段に早く根絶やしにすることが可能なのだと思われます。

禅師の「アビダンマッタサンガハレベルのCitta、Cetasika、Rūpa、Vīthiなどの知識はただの部品であり、お釈迦様は深遠な「縁起」を所縁としたVipassanā瞑想で成道されたことを忘れてはならない。」 というお言葉が印象的でした。

CI(瞑想指導)のコーナーでは、 「ラーマクリシュナのSaddhāについて」「加持開眼の意味について」 「修行日誌について」 「SotāpannaやSakadāgāmīの煩悩について」 などのお話がありました。

最近の伝法講義では、 Saddhāについては「観行の重要性」、Paññāについては、本日の講義のような「Paramattadhammaを、より詳細で深遠なアビダンマの理解によって、メッタ斬りにする為の随観の具体的方法」など、過去5年間の講義ではあまり開示されてこなかった、さらに一段ステップアップした、本格的な修行者に向けてのダンマが開示されているように感じます。

現在の私には、どれをひとつとってもまともにできるものはなく、また全て非常に時間の掛かる修行であり、これから先の長い道のりに途方に暮れてしまう部分もありますが、気負うことなく楽しみながら修行を続けていきたいなと思いました。

参学者L