第11回水曜瞑想会

毎週水曜日は20時から30分間の瞑想会とミニ法話が行われています。

静謐な環境で、saddhāに溢れる禅師や善友と共に瞑想をしていますと、姿勢を正し、心を清らかにし、呼吸に集中しようと意識が高まります。

法話のテーマは、jarā(老い)です。
第2回目となる今回のポイントは以下の3点です。

①Nāmarūpa-sota
人生を今生(誕生から死まで)に区切って捉えるならば、過去は増えて未来は減るため、過去に執着して縛られ、未来には余裕も希望もなくなる。

他方、無始の過去から連綿と流れるナーマルーパ(Nāmarūpa-sota)が現実であると知り、saddhāがある真摯な修行者にとっては、生死は境涯の調整(adjustment)に過ぎず、涅槃証悟はいつか必ず実現すると知っているため、死ぬ瞬間まで、明るくワクワクと生きられる。

②Past is dust
人生を今生(誕生から死まで)に区切って捉える人にとって、生存は過去そのものであるから、過去に執着してしまう。

他方、無始の過去から連綿と流れるナーマルーパ(Nāmarūpa-sota)として捉えた場合、延々続く過去は執着しようがない屑であって(past is dust)、未来は生死を超越した涅槃証悟への一本道であり、光と希望に満ちた人生となる。

③Newness
人生を今生(誕生から死まで)に区切って捉える人は、自我があるという謬見によってself-imageに縛られ、新しいことを受け入れられない。

他方、無始の過去から連綿と流れるナーマルーパ(Nāmarūpa-sota)として捉えた場合、新しい技術、創造性、ダンマに直面したとき、心は子供のように柔らかく、スポンジのようにnewnessを吸収し、死ぬ瞬間までnewnessにワクワクしながら生きていける。

このように、誕生から死で区切らずに、Nāmarūpa-sotaというストーリーのワンシーンとして捉えること。これが、人生を先に行けば行くほど、ワクワクしながら生きていくコツであることが示されました。

禅師の目は、好奇心に満ちた子供のようにキラキラ楽しそうに輝いていらっしゃいました。動画がアップロードされたときは是非ご覧下さい。

参学者 S