セルフリトリートレポート&日曜傳修会

土曜日から、自身の半日リトリートの為、道場に参禅させていただきました。

お釈迦様を目の前にして厳粛な瞑想室にて座らせていただくと、このような場を立ち上げ、また、維持するために日々奮闘されている、禅師や法友の方々の献身的なサポートに対して感謝の想いが溢れてきて、胸が熱くなります。

午後6時から7時30分までのChanting +
瞑想は、道場にいる全ての方が参加され、大きな一体感を感じ、普段の自分一人だけの修行では絶対に感じることのできない菩提心が沸き上がってきました。

ただの在家修行者であるのに、週末に気軽に参加して、瞑想修業をし、法友と語らい、aspirationを高めあえる場所があるというのは、本当に身に余る幸福です。

土曜日は道場に宿泊させていただき、そのまま、②日曜瞑想会に参加させていただきました。

今週は二十四縁起の4つ目のAnantara-paccayoの初解説でした。

二十四縁起の講義を聞かせて頂いて毎回感じるのは、これまで学んできたcitta cetasikaなどのParamatta
dhammaが、動的な臨場感を持って感じられるということです。

例えるなら、今まで文字で学んでいたものを、アニメーションで実際の動きを見るような感動があります。

また、今回はniddeso(詳説)のスタンザを暗記することが宿題として課されました。
まず暗記し、その後、そのスタンザを唱えながら、今までのアビダンマの知識をもとに、Paramatta
dhammaがスラスラと頭に浮かぶようになれば、観行に本当に役立つ知識になるとのことでした。

そのような瞑想指導とリンクした教学を同時に受けられる現在の環境に改めて感謝するとともに、いつか禅定を証悟して、傳授していただいたParamatta
dhammaを、瞑想にて自分自身で確認したいという想いが強く沸いてきました。

CI(瞑想指導)のパートでは、「本当に、貴方は修行者として、本気で禅定(心清浄)を達成しようとしているのか?」について、強く問いかけられる内容でした。

外部から入ってくる、または自分の内部から湧き上がってくるAkusalaに対して、本当に自分の心を清らかに保とうと懸命に努力しているのか?

– どんな宗教にもある二つの道(EsotericとExoteric)の違い
– vajira sāvaka(お釈迦様の直弟子)であるという自分自身に対する強いaffirmation(断言、宣誓)による誇りと尊厳によるAkusala排除への熱い想い

内容については、近日アップされる先週の水曜日の法話の傳修院TVをぜひご覧ください。

自分自身にとっては、約3年ほど修行を続けているが、一体どれほど本気なのか?、もう一度真剣に問いかけなくてはならないと感じました。

年単位での考え方や嗜好性の変化などの牛歩のような小さな進歩は感じているものの、本当に自分は心の底から心清浄や禅定を達成しようと思っているのか?
ただの口先だけの絵空事ではないのか?

今回の瞑想指導の録音を何度も聞いて、改めて自分に問い直したいと思いました。

参学者TN